2杯の酒

2020年11月月17日 - Destiny Dev Team

2杯の酒

混みあった部屋が、気まずいほどに静まり返った。エリクスニーのバーテンダーが、挑戦状を叩きつけるかのごとく、液体の入った金属製のグラスをテーブルの上に置いた。 

クロウはカップを持ち上げて匂いを嗅いでみる。毒だったとしても、大したことはなさそうだ。クロウは一口ぐいっと飲み、苦さに顔をしかめると、もう一口飲んだ。 

部屋の向かい側では、大柄なエリクスニーのキャプテンがホルスターに入れた武器から手を離し、ゆっくりと下側の一対の腕をテーブルの上に乗せた。キャプテンが是認のしるしに舌を鳴らすと、部屋の緊張感が和らいだ。飲み物を運んだエリクスニーはそそくさとバーの裏に引っ込み、中断されていた音楽が「空の戦車」に再び流れてスタッカートや重低音が響き始める。

グリントはクロウのフードから飛び出すと、グラスの中身をスキャンした。「間違いなく体には良くないですが、死ぬことはないでしょう」とグリントは言った。「どんな味がしますか?」

クロウはもう一口飲んだ。「うーん。エンジンの冷却液と、パラフィン。後味はスモーキーなチョークみたいだ」彼は立ち上がると、笑顔でキャプテンに向けてグラスを掲げた。「こいつはひどいな!」彼はバーの喧騒に負けじと大声を張り上げた。

「クロー、ウ、ウ!」キャプテンも大声で返した。その荒々しい声は、人間の言葉に慣れていない。彼はスパイダーの記章が施された胸の防具を拳で叩くと、再び飲み始めた。 

「名前を知っているとは驚いた」クロウは腰掛けながらグリントに言った。「私の機嫌を取ったところで、スパイダーのご機嫌を取れるわけではないんだが。まあ、タダで飲めるなら文句はない」

「月でのあなたの活躍が、すでに伝わっているようですね」とグリントが言う。

「オシリスが邪魔しなければ、上級執行司祭を殺せたはずなんだ」とクロウはぼやいた。「そうすれば、ちょっとは感謝してもらえただろう。とはいえ…」 

彼は不味い飲み物が入ったグラスをゆすってかき混ぜた。「オシリスを救えた。オシリスをな」とクロウは言った。彼は自分でも満足しているようだった。「これはシティのガーディアンたちにとって大きな意味があるはずだ。彼もガーディアンのリーダーなのか?」

「いいえ」とグリントは答えた。「オシリスとバンガードの関係はややこしいようです」

「何となく想像はできるが」とクロウはため息をついた。「あのガーディアンはどうだ?重要な人物なのか?」

グリントはしばらくの間、考え込んでいた。あのガーディアンはまだ何も言っていない。だがクロウが彼らと協力するつもりなら、何かの拍子にクロウが一番ふさわしくない人物から真実を聞いてしまうことになるのも時間の問題だ。 

「彼らには、いくつか特筆すべき功績があります」グリントは慎重に言葉を選んで言った。

「それは大したものだな」クロウはうなずいた。「そして今や、どちらもクロウの名を耳にした」

「その名前が本当に気に入っているんですね」とグリントは言った。バーは騒がしかったが、彼の声は抑え気味だ。

クロウは肩をすくめた。「もっとひどい名で呼ばれていたからな」

「そうでしょうね」とグリント。彼はしばらく黙ってから口を開いた。「あなたは知らないでしょう。あなたを蘇生している最中、私がガーディアンからどんな言葉を投げかけられたか」

クロウはグリントのシェルに目をやった。パネルの1枚が損傷し、ワイヤーがはみ出ている。彼は顔をそむけ、スパイダーからもらった粗い生地のクロークで手をぬぐった。いつの間にか両手に汗をかいていた。

「たかが名前だ」クロウは興味なさそうに言った。「お前も他に名前があったと言っていただろう」

テーブルの上で宙に浮いたまま、グリントは動かなかった。「それとこれとは全く違います」

クロウが身を乗り出した。「それじゃ分からない」彼はグリントを優しく小突いた。「詳しく話してくれ。頼むよ」 

空中で体を緊張させた後、グリントは渋々といった様子でクロウの近くに寄った。彼は穏やかな声で言った。

「私には本当の名はありませんでした。何らかの呼び名はありましたが、私にちゃんと名前をつけてくれたのはあなたです。だから『グリント』と聞くと、自然とあなたを思い浮かべます」

クロウはうなずき、グリントが何か続けようとしているのを察した。彼の顔が苦悶に歪む。

「あなたに名前をつけたのは私じゃない」とグリントはこぼした。「バロン・スパイダーです」

「ああ、グリント――」クロウは思わず呟き、まるで小さなゴーストの中にある考えを覆い消そうとするように両手を伸ばした。グリントは混乱して瞬きを繰り返している。

クロウはグリントを両手で包み、長くゆっくりと息を吐いた。 

「グリント」と彼は穏やかに語り掛ける。ゴーストは首をかしげた。

「確かに、私の名前を選んだのはスパイダーだ。おそらくかつての私への侮辱を込めた悪趣味な冗談だろう。もしかしたら私はカラスに食べられたのかもしれない」グリントが口を開こうとしたが、クロウはそれを手で制した。「分かってる、私には言えないんだろう。だが彼が称賛を込めてつけた名前ではないのは何となく分かる」

クロウは下を向き、声を低くした。「お前に見つけられた時、私は死んでいた。その前は、きっともっと酷い状態だったんだろう」

「だがお前が見つけてくれた。私を選んでくれた。確かに最初は…」クロウは不味い飲み物を一口飲み、その苦みで目の潤みを誤魔化した。「きつかった。お前がいなければ、私はあの辛さを乗り越えられなかっただろう。もちろんそれは、お前が私を蘇生し続けてくれたからという意味ではない」

薄汚れたテーブルの上で、クロウは両手を大きく広げた。「私にとっては… この場所にいるのも、このクロークを着ているのも、この不味い酒を飲めるのも… すべてはお前のおかげだ。お前がいてくれたから私はここにいるんだ、グリント。そのことを思い出すのに名前なんて必要ない」

グリントの目がせわしなく点滅しながら新しい情報を処理し、やがてその光が安定した。「あなたの言うとおりかもしれませんね」彼は言った。

衝突音が響き、「空の戦車」の壁が揺れた。入り口の扉が引き剥がされ、武器を手にした巨大なカバルのセンチュリオンがバーに押し入った。腰回りには戦利品を見せびらかすように、討ち取ったエリクスニーの首をいくつもぶら下げている。

「クロウはどこだ?」彼は怒鳴った。

「ここです」グリントが叫び、クロウは椅子を押しのけるようにして立ち上がった。 

**

煙が消えると、エリクスニーのキャプテンは再び舌を鳴らし、手で合図した。自分のおごりで、彼にもう一杯。 

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