遺産

2020年3月月10日 - Destiny Dev Team

ルクス平原
火星

地殻変動のうなりが地上を震わせる。振動が起きるまでの2日間、アポリナリス山は火砕流の雲を吐き続けていた。振動は火山の南の丘を粉々に砕き、アポリナリスのカルデラを支えていた陸棚は崩れ落ちた。雪崩のごとく流れる土砂を覆う煤を、火山雷が刺すように照らした。火星の表面が剥がれ落ち、秘められた時代がその片鱗を表した。鉄製のケースに収められたトロフィーのように、磨き抜かれた骨が合金の塵が積もる玄武岩の崖から吊るされている。 

生まれたばかりの火星の嵐が、空を真っ赤に切り裂く。

崩れた山々の周辺は、酸化した砂漠が際限なく広がり、崩落が起きる前にアポリナリスの麓を覆っていたことがうかがえる丘がいくつもある。地表が裂けたことで火口に沿って土砂流が発生し、アレスの指の間から流れ出るように広がり、時と共に忘れ去られ再び発掘されるのを待っているかのようだった。 
砂丘は廃墟の外にまで続き、強い西風が吹くたびにその裾野は広がっていく。風に吹かれた砂の下からは、アイオロスの吐息によって陽の下へ優しく晒された化石のように、ゴツゴツとした玄武岩が姿を表した。遮る岩がなくなった風は打ち捨てられたものの上を吹きすさび、周囲の砂漠にポツポツと隆起する塩で覆われたヤルダンの間を抜け、大気の流れと一体になる。その風を塵と灰が追う。13本の塩で形成された輝く尖塔がそれを閉じ込める。カルデラの氾濫に逆らうように内側へとうねり、煤と灰が入り交じり、焼けた骨のように汚れている。 

嵐の中で光が屈折する。

赤い海の炎。 

石炭はまだ温かい。

滞在者が歓迎する。

防塵効果をもたらす、ほつれたショールのようにたなびく複数のレイヤーから成る服をまとったアナ・ブレイは、沈んだばかりのその広大な地を横切っている。チンジュは彼女の前を滑空し、擦り切れるような風から身を守るために薄い光のバリアを張っている。彼女はカルデラの岸で止まった。アポリナリス山の山頂が、彼女の視覚を圧迫し、地平線を支配せしめようとする。彼女の特注SN0MASKに埋め込まれた共鳴装置が振動し、バイザーから土埃を払った。 

「あなたの言うとおりね、チンジュ。嵐はどこにもいかなそう」呼吸器をとおして彼女の声が割れる。

チンジュは生意気に鳴き、左右に揺れる。 

アナがそれを小ばかにした。「あなたの冒険心はどこにいったの?」

チンジュは今まで歩いてきた長い道のりに光彩のピントを合わせ、続いて残されている距離を見て、アナに視線を戻した。

「ええ。空からはこんな離れてるようには見えなかった」彼女は弾帯を頭の上へずらした。18 ケルビンが腰にしっかりと装備されている。 

彼女の拡張された目が、カルデラの断崖に建てられた設備を見つめた。ブレイ・テクだ。堅牢で不屈な作り、彼女の血筋の子孫の慰霊碑だ。アナの手が弾帯のスナップロックを探り、追跡装置を取り出し電源を入れた。荒い緑色の画面が表示され、遠くでピンがリズミカルに脈動する。 

軍事衛星スパイク統合

距離: 31,739メートル

出力: 51 GWh 

ガイガー計数: (!)67 µSv/y (!)

生体活動: なし

ネットワークアップリンク: なし

放送信号: なし

時間: 12:04

「ハイヴもカバルもいない。もうやられたあとか、でなければ私たちが想定より早く着いただけか」アナが硫黄まみれになった呼吸器のフィルターを新しいものを交換する。 

チンジュは敵の気配がないことを嬉しそうに鳴く。「予定通りの到着です」

「そう?」アナが追跡装置に目を戻す。「正体は分からないけど、とにかくすごいパワーね」

チンジュはアナの肩越しにゆっくりと上昇し、二重の低い唸り音を放つ。

「地熱かもしれない」カルデラの中央を見て彼女が頷く。

アナは追跡装置をしまう前に情報を記憶する。「良い読みね。良くやったわ、レッド」

それに応答するように、人工的な音色が彼女のヘルメットにマーマレードの色彩を波打たせる。

「どういたしまして」

*** *** *** *** ***

露出した施設入り口の屋根に降り立つのが最も安全なルートだった。3人はカルデラの上部に位置するトンネル状のアーチの上に立ったが、入り口はまだ遥か下にある。 

長い時間が過ぎ、錆だらけとなった腐食した屋根から突出している円柱を、チンジュはスキャンした。アナがその横に跪く。ブーツナイフを使い、円柱に固定されたラベルの錆を削り取る。

クラニアル・ノードS-0319

アナは円柱のノードをグローブ越しに触り、結合部分を探すように金属の外装からほこりや油汚れを払う。「こんにちは、クラニアル・ノードS-0319。会えて嬉しいわ、この卑怯者」

彼女はナイフを使って錆を削り、その下にある変色した金属を露出させた。錆が鉄鋼の光沢を変色させるのに、一体どれくらいの時間が経過したのだろうか? 彼女は円を描くように蓋を手のひらで拭き取り、積もっていた灰は薄まるにつれ、濁ったワックスのような色合いになった。アナは息を吐き、肩を回し、さらに削り続けた。ナイフの刃がノードのアクセスパネルの結合部分と思われるへこみに引っかかった。アナは刃に光の波動を通わせ、固まりきった錆からアクセスパネルのカバーを引きはがした。

補助アクセス

レッドライン-1-作戦隊員

サブセット —ピロリー#9

ブレイ・テク™

シリアル番号 – 1012058112-CLVS-9

「補助パネルよ。なぜこんなものを閉鎖システムの… 外側に?」

チンジュは肩をすくめるように、シェルを横に傾けた。「さっぱり分かりません」

「アーカイブには何も記録されてない?」

チンジュがシェルを左右に振る。否定の意味だ。

アナが移動する。「これが何か分かる、レッド?」 

調子外れの音が彼女のバイザーに何とも言えない表情を映し出す。 

「あなたをメインフレームに接続すれば何か思い出せるかも」アナは跪き、カバーをずらす前に露出したノードパネルへ視線をやった。「アトラスのこととかもね」送られたメッセージは嵐の中で死に絶えた。アトラス。クロビス・ブレ――彼女の祖父の謎に包まれた日誌。あまりに不明瞭で、予想していたよりもはるかに解読が困難だった。それでも、アナの決意は固かった。ここなら答えを見つけられるだろう。

チンジュは音を鳴らしながら、嵐の切れ目から差す夕陽に向かって進んだ。雷鳴が轟く。

アナはかかとに重心をかけ、はずみを付けて地面に座るような姿勢をとった。彼女の目が占領された火口付近にかけて漂う錆を追う。数キロ先の上空の雲からは、外側に向けて赤い波が溢れだし、太陽の薄い光を遮ろうとしている。星は脆い電球のように瞬いた。隙間からわずかに差し込む暖かさがアナの顔に当たり、そのまま地面へと染み込んだ。彼女はその瞬間、その暖かさに身を任せることにした。 

やがて地平線から夜がにじり寄り、闇夜の冷たさも一緒にやってきた。 

そのまま身をさらし続けるわけにもいかなかった。

アナが下に広がる道に目をやる。風化した強化ブラストドアが、いつかの時点で爆破されこじ開けられたようだ。チンジュは100メートルはあろうかという高さから見下ろし、躊躇なく着実に下降していった。アナは弾帯から二重のコードを取り出し、石の表面へと打ち込んだ。重心に任せて身体を倒し、光を緩衝材として利用し速度を抑えた。

足が地に着き、横にはゴーストがいる。コードのもう片側を入り口に結びつけ、自動リフトを固定した。アナは自動リフトを稼働させて速度を上げた。

チンジュがアナの方へ向き直る。虹彩と目が見つめ合う。
「誰かいると思う?」アナが入り口の方へ頭を傾けた。

シナモン色に音が揺れ、香りが彼女のバイザーを撫でると、鈍い唸り音へと変化した。

チンジュは音を鳴らすと彼女の後ろにいる何かに向けて頷いた。

開口部から少し離れた場所に、外された表示が吹きさらしとなっている。

クロビス — 9

探求心と興味でアナの目が見開く。 

「9? 火星のものはもう全部見つけたとばかり思ってた」

終了



古つや

クロビス – 9
アポリナリスのカルデラ

打ち砕かれたブラストドアから風が漏れる。風がカルデラへ吹きこぼれ、金属片の間の粗野な溝を音を立てながら通過する。ブラストドアは剥がされていた。渦巻き状となった高密度のプラスチールが、死んだクモの足のようにうねっている。

アナはその損傷を注意深く観察した。「このドア。まるで保管庫のような作りね。無理にこじ開けたみたいね」

チンジュはフレームからフレームへ、ドアをスキャンしていた。「これだけのプラスチールを貫通するには相当なパワーが必要よ」


熱による変色、摩耗、そして激しい力が加わった形跡が、ドアのそこかしこに刻まれている。ネオンの放射線跡が、ペンキをこぼした跡のように金属面に広がり、緑青の古つやで彩られている。ドアの中心部には錆が集中し、浜辺のように波打つ縁の部分は大方形を保ちながらも、膨張してドア枠のアーチと結合している。 

アナはブラストドアへ近付き、鉄鋼を手で撫でた。バイザーを叩いて共鳴装置を静めようとする。「上からだと見えなかった。穴があいてるだけかと思ってたけど、この跡を見て」

チンジュはアナの真上で浮いている。彼女の虹彩が金属の小さいへこみに刻まれている螺旋状の模様を観察する。2人はドアの中央から外側に向けて、左右対称の溝のように刻まれている、深さわずか数マイクロメーターの連結の流れを調べる。

「これは… 打ち抜かれたわけじゃない。押された、って感じね」チンジュは金属疲労に焦点を合わせた。何者かが巧妙な意図をもって、それぞれの突起を折り、曲げ、滑らかにし、損傷を与えたように見える。 

アナは光を纏った指先で錆を削り取って滅菌容器に入れ、弾帯の中へしまった。

チンジュが鳴く。「損傷は噴火の遥か前に与えられたようです。飲み込まれなかったのが奇跡です」

アナがうなずく。「この模様… 何か波長かしら? どう思う、レッド?」

アウレリアヌスの黄金色の音色が豪勢にアナのヘルメットを突き抜けた。

「黄金時代のものだ。間違いない」アナが思案するように手のひらを揉む。「生体スキャンはまだ何も検出していない。何が原因だったにせよ、もうここにはいないわ」

チンジュが明かりを点灯させ、ドア穴の中を照らした。「ガーディアンからお先にどうぞ」

アナがゴーストに向かって顔をしかめる。「普通は家来から先に入るものだけどね」

「そのとおりです」とチンジュが鳴く。

ラスプーチンが煌めき威厳に満ちた紫のリズムをアナのヘルメットに鳴らす。音は止まず、オーケストラのようなビブラートが耳の中でこだまする。

「アハハ。ハハ」アナが呆れたような反応を示す。

それぞれが中に入った。 

先頭はアナだ。 
チンジュの光によって、穴の空いたドアから入り込んでくる灰が煌めくが、中は静寂に包まれていた。小さな実用的なアトリウムがぐるりと囲み、前方には大きな2つの窓がついたリフトが見える。視界を遮る汚れの先には、巨大な施設が広がっているようだった。右手の空間には切り離された受付デスクがあり、左側の壁にはロッカーが一列となり、衝突で発生したクレーターの中で灰をかぶっている。上には保管庫のドアから切り離された巨大なジャイロアームが天井に固定されている。周辺の上部構造の亀裂が、施設に強烈な衝撃が加わったことを物語っていた。 

部屋の天井はそれほど高くなく、入り口の枠の高さと変わらなかった。アームを基点に、天井はリフトの頂上に合わせて傾斜していて、大昔に割れたのか、あるいは燃え尽きたであろう蛍光電球がガラス片となって床に散りばり、チンジュの光線をプリズム調にキラキラと壁に反射させた。

アナはガラスを踏みしめながら周囲を見渡し、窓に目を向けた。部屋中をスキャンすると彼女のバイザーが赤く波打つ。熱信号はない。

「レッドをプラグインできるアクセスポイントはなさそうね」その声からは絶望的な混乱がにじみ出ている。

チンジュは音を鳴らしながらアナの前を通り、リフトの周囲の壁にあった光のデータポイントへ、自身をデコンパイルさせた。チンジュが照らしていた光が、彼女とともに消える。チンジュの消失を埋めるかのように、暗闇がアナを襲う。第2の皮膚のように纏った光の筋外膜によって闇が遮られる。

彼女は深淵の中で待つ。時間が止まる。

時間は暗闇の中でいくらでも引き伸ばせる。

アナはガラスの上に指を置いて力を加えた。硬く、冷たく、それなりの圧力には耐えられそうだ。指を離すと、煤の層に跡が残った。拳を握り、汚れの中に新たな穴を作り出した。
 
はじけるような音が頭上から聞こえ、ガラス片が彼女のヘルメットに当たった。アナは反射的に頭を低くした。

わずかに残されていた蛍光電球に電力が通った。一部は灰とスパークを放って爆ぜたが、部屋をほのかに照らすのに十分な数は残った。新たに磨かれた窓の穴を見ると、暗い液体の広がりの中で光がチラチラ煌めき、無限に続く回路を覆うように膨張するサイケデリックな波にのみ込まれた。アナがガラスに顔を近づけた。

リフトが音を立てる。

薄いオーバーレイインターフェースがリフトと窓を隔てる暗闇の上で命を吹き返し、 
アナの気を引いた。 

チンジュは元の姿に再コンパイルし、空中を漂うその様にはうぬぼれのようなものも感じられた。彼女が放つ光線が暗黒から存在を浮かび上がらせる。「ラスプーチンにできないことだってあるのよ」

アナのバイザーが突如として真紅に染まった。

「よくやったわ、チンジュ。レッド、落ち着いて」

3人はリフトに乗った。

リフトが下降しはじめる。

最大積載量—14515kg

対角線上に、さらに深くへと降りていく。両側には見慣れた表示がかかっている。

>>> クロビス — 9 >>>

ブレイという名の由来は、少なくとも人が把握している歴史上では、クロビスとは切っても切り離せない関係にある。厚い灰の層で覆われているものの、昇降シャフトの壁には、かの伝説を確たるものとするステンシルプリントが、リフトを囲む金網の隙間から見える。 

アナが口笛を吹く。「ラスプーチン。あなたの名前がそこら中に書かれてる」

感覚のない静寂が、恐ろしいほどの親しみのなさに応えた。

>>> ピロリー封鎖 / 保守点検 >>>

貨物リフトが石造りの昇降シャフトからガラス壁の高台に移動し、油圧パイプが唸る。

チンジュをすぐ後ろに従え、アナが前に踏み出す。錆びた鎖の間から回路とデータコアが入り乱れたマングローブを覗き込み、広大な海の中で溺れそうになる。冷却材が短い間隔でサファイア色の配線の中を流れては引いている。精神的な波動が、神経伝達のようにタワーの間を瞬間的に移動するたびに、複雑に絡み合う電力のアークに打ち寄せる。

色彩がガラスを突き抜けて目と虹彩に届き、微かに光る非常照明に色を与える。アナはリフトキャビンに反射する熱を帯びた色とりどりの点滅をかいくぐる。ずっと見ていられそうだ。時が止まってくれるなら、存分に見られるかもしれない。

リズミカルで。儚く。激情的で。美しい。

そして囚われている。

何かが彼女のバイザーに点滅した:

(!)低酸素血症: b/o 77% (!)

彼女は振った。そしてどうにか。息を吸った。鋭く。

アナはガラスに視線がくぎ付けにしたまま、チンジュの方へ顔を向けた。

「あれはサーバー? アーカイブ?」アナの声には興奮が宿っていた。彼女はアトラスを日誌や複数の隠されたファイルディレクトリのようなものだと想像していたが… もしこれが、彼女が思っているものであれば… 幾年も経過しているとはいえ、この隠された宝石は彼女を驚かすに値するものだった。

チンジュがスキャンを実行した。「遮蔽されています」失意の重みで少し沈んだ。「サーバーだとしたら、バックアップの電力で稼働させるのは妙です。アトリウムから補助ブレーカーを落とすことしかできませんでした」

>>> メインフレームアクセス >>>

「少なくとも、正しい方向へは進んでいる」

リフトが停止するとシャフト内で機械音やうなりが反響する。

ゲートが手つかずの軌道を滑り、壁のくぼみへと差し込むと、施設にはり巡らされているハッチや、ファイバーライン、そしてアクセストンネルの神経系が接続している中枢部へと先が開けた。

真正面にはドアがある:

ピロリーメインフレーム
パラゴン

アナのバイザーが、下のトンネル網に埋められている停止したネットワークの開口部をスキャンし、照らし出した。 

「チンジュ、あそこまで何とか行けそう?」

チンジュのシェルから小刻みな笑いが漏れた。「一瞬だけ電力が復旧します」

アナはメインフレームのドアに近づいた。チンジュの光の名残りが彼女の後ろで消散する。ブラストドアではないが、周囲のどのメンテナンスハッチよりも遥かに分厚い。アナはドアに背を向け、部屋を観察するように眺めた。

真鍮のように黄色みを帯びた波動が、彼女のバイザーのこめかみからこめかみへと流れる。床の滑らかさが弾ける金属音と相対する。衝撃でえぐられたくぼみが石の塊を溶かし、床一面に小さな突起を発生させたようだ。ラスプーチンのそれぞれの接触信号の周りにチラつく剥片が、3つの発砲源を特定した。

「ここで銃撃戦があったみたい。全部同じ方向へ撃たれてる。上出来ね、レッド」

アナの肌に満足げな波動が伝わり、香水のように揮発した。

チンジュが誇らしげに戻ってきた。

「補助電力をスプールダウン。22個ある主要動力装置がまもなくオンラインになります。あと1~2分で運用システムの機能が完全に復旧します」

「あなたがいなくなったら、私は一体どうすればいいの?」

「そうなればあなたは一度しか死なないし、死んだらそれまでですね」

アナは微笑を押し殺すように頭を振った。

ラスプーチンは沈黙している。

ブレーカーの起動によって施設中に電流が走り、3人はドアの前に立った。

アナが18 ケルビンのホルスターストラップを外す。

光の筋が、隅や床、そして天井を縁取る溝を照らす。煌めきが背後の銃撃戦の跡をとらえる。

 彼女はチンジュの方へ拳を伸ばした。

チンジュがシェルでその拳を小突いた。 

アナはビート音に合わせて拳でヘルメットを叩いた。

彼女がうなずく。「私の後ろにいて」

メインフレームドアの上でレンズが点滅する。レンズが彼女たちの上に赤い光を放ち、アナ・ブレイのバッジに焦点があったかと思いきや、光が消えた。しばらくすると、ボロボロのスピーカーが承認するように人工的な音を吐き出した。ピストンロックが油まみれのシリンダーにおさまり、アクセスドアが天井へ格納された。

身体が見える。 

ちらつく影が3つの形を浮き上がらせた。痩せこけ、朽ちている。玉虫色の油膜の溜まりの中でジッとしている。擦り切れた柱が油に沈むように、粘つく塊が、ずたずたの繊維に絡みつく。力尽き、点灯もしていない。 

「エクソです」惨状を見渡し、チンジュの重苦しい感情が彼女の動きに現れる。「修理は――」

「で、また殲滅するの? ダメよ」アナはチンジュの後を追って中に進み、油溜まりを注意深く避けながら、そのうちのひとつに覆いかぶさった。「そのままにしておこう… ここから動けるわけでもないし」

それぞれの間には、人を配備できるほどの大きさの、金線細工のツタとカリグラフィーのような刻印で装飾された光沢のある機器が落ちている。機器のコアはフレームに埋め込まれているいくつものプラチナ製の円盤ドラムに繋がっていて、アナのヘルメットの小さい共鳴装置と似たそれは、人工ダイヤのベアリングが端々についている。

「これで入り口をこじ開けたのね」チンジュがデバイスの構造ダメージを解析する。どれだけ破壊されていても、黄金時代の美しさは失われていない。「かなりやられてます。操作不可能です。当然ながら修理も」

アナがエクソの身体に近づき、チンジュが機械の方を向く。「こちらは家に転送しますか?」

「うん…」気もそぞろに彼女は答えた。

アナが跪くと、バイザーが弾痕、裂傷、そして機械の故障をスキャンした。しかし、彼女の目にはエクソの装備に描かれたブレイ・テクのエンブレムしか映らなかった。アナはエクソのベルトから錆びついたバッジをはぎ取る。 

0220-17

エコープロジェクト

パラゴンクリアランス

「これでリフトにアクセスして… ドアのスキャンを通過したのね。どのくらい前のことなんだろう?」

電力が戻った。電力が部屋を満たすと光線が唸った。奥の壁の厚いガラスの囲いが輝きを増す。遮蔽しているガラスの先には、いくつものコンソールが自動ブート手順を実行している。

チンジュがエクソを分析する。「詳しくは何とも言えませんが、保存状態は良いです。サンプルを少し採取します」

雑音と経年劣化で割れた人工的な声が部屋に響き渡る。

「セキュリティ認証…」

チンジュとアナが見合わせた。 

アナが肩をすくめるように手を上げて、「何これ!?」 と声に出さずに口を動かした。

チンジュの視線が睨むかのように強くなり、彼女の思考がテレパシーのごとく伝達した。「何か試してみますか?」

「ブレイ、アナスタシア。認証――」

スキャンが彼女たちを調べる。

「異常な存在を検出…

変異的思考を検出…」

2機のガウスリピーターが飛び出し、射撃体勢に入った。アナが銃を持つ手でチンジュを掴んで後ろへ投げ、左手にスワームグレネードを握った。コイルガンが射撃を始めると同時に横へ転がり、グレネードを反対方向へと投げた。グレネードはタレット目がけて派手に爆発した。リピーターが熱に反応し、陽動された先へと射撃した。

18 ケルビンの照準を左端のリピーターに合わせ、火花を散らすタレットへ次々と弾薬を撃ち込んだ。銃身が熱くなり、太陽の光を核にしたアークの弾を発射する。タレットのフレームが溶解し、金属が流れ落ちる。ガタガタと音を立てた。最後の弾が磁気バレルを破壊し、回転部の溝に亀裂を走らせ、部屋中に破片をまき散らした。 

スワームグレネードのナノマシンが尽き始め、残ったガウスリピーターが回転してアナにロックオンした。彼女は弾を回りながらかいくぐり、遠心力を利用してソーラーナイフでタレットを真っ二つにした。ナイフが爆発すると炎を帯びた液体が地面に漏れ出した。

炎が点滅する照明器具の役割を果たす。 

「当然まだ動くわよね」アナはかかとを軸に動いた。「チンジュ?」

消火プロトコルが作動し、油っぽい炎に重炭酸塩の泡が直接噴射された。 

「生きてますよ!」チンジュが倒れたエクソの後ろから這い出て、弾丸の雨に晒されたタレットを観察した。「セキュリティシステムを起動させるなんて初めてですね」

アナは手のひらのエコーのバッジをしまう前に親指でなぞった。「私じゃないと思うけど」彼女が遠方の壁に向かって歩く。

「“変異的思考”ってどういう意味なんだろう?」チンジュが部分的に隠れた状態でアナの肩へ近寄り、光の明滅によって彼女のヘルメットを軽く叩いた。「あなたならご存じなのでは?」

カフェインを含んだ茶のように、翡翠の色彩がアナのバイザーに波打ち、真紅の絡まりとなって彼女の胸へ溶け込んだ。

「答えを確かめてみよう」

アナはガラスの中の光るスリットにエコーカードを通した。分厚い防弾プレートのドアから磁気ロックが外れるとともに認証音が鳴った。彼女は部屋の中へ入り、チンジュはアナの肩越しに彼女のログイン情報がコンソールに認証されるのを確認してから後に続いた。

クロビス — 9

>ピロリーアクセス

>エコーリンク(!): 保留中の申請

>ウォーマインド・ネットワークバイパス

アナがコンソールのインターフェースを見つめる。「あなたは何?」

「アトラスではありません」チンジュの落胆がガラスセルの中でこだまする。

アナは「ウォーマインド・ネットワークバイパス」を選択する前に、肩越しにゴーストを横目で見た。「ええ、でもこのシステムにはバックドアがたくさんあるみたい」

彼女はシャドーネットワーク、製造施設、そして接続済みのピロリーステーションのリストを次々と切り替えた。

「アトラスではないけど、手掛かりにはなるわ。これに似たステーションが他に11個ある――ウォーマインドの権限からは完全に切り離された防衛ネットワークのサブネットが丸々あるってことよ」アナが後ろへ下がった。

「なぜ?」チンジュが画面を旋回する。

「正しい疑問ね」アナがターミナルへ戻る。

リストに記載された施設は太陽系中にある。地球と月、エウロパ、今や海岸のものとなっている放浪する小惑星たち。当然ながら、火星も。果ては天王星にまで及ぶ。軌道を周回するステーションが彼女の目に留まった。エコーだ。彼女は前のメニュー画面に戻った。

「エコーリンク。ステーションのひとつが申請を待機中よ」

ペール缶を叩くような静かな打音がアナのヘルメットの中で不規則に鳴る。

「ピロリーは確かに良くない響きだ」しばらく操作すると、3人はピロリーのアクセスメニューを開くことができた:

>レッドライン・プロトコル – ピロリーを検査 

状態: [待機中]

>レッドライン・プロトコル – ピロリーを起動 

クリアランス: [P-7s]

>レッドライン・プロトコル – ピロリーを浄化 

状態: [ターゲットなし]

>レッドライン・プロトコル — 手順概要

選択: [Ver.1.072]

「説明書は読んでおくべきね」アナが手順概要を選択した。ロード画面に視線がくぎ付けとなる。 

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レッドライン・プロトコルが発生した場合:
[パラゴンレベルメンバー] ピロリーシステムネットワーク: クロビス — 1 - 12。 
アクセスポイント: クロビス — 9
  • 壊滅的な障害、神経退化、または封鎖失敗など[変異的思考]と総称する事態が発生した場合は、[ニューラル・ウェブウェイ]内の12のクロビスステーションにて[ウォーマインド分割]および[隔離統合]が実行される。 
  • レッドライン・プロトコル:
      • [ターゲットなし]の[浄化]を確認
          • 使用中はシステムが[ロック]を実行
          • 待機中はシステムが[ターゲットなし]を実行
      • 撃て。ピロリーを検査
          • [待機中]でなければならない
      • 撃て。ピロリーを起動
          • 警告: [変異的思考]発生時のみ起動可能
  • 自動リンク: [エコー緊急事態]
      • 実施: [エコー]プロジェクトを自動化
      • [変異的思考]発生時の[レッドライン・プロトコル隔離]のための[エコーリンク]へのサーバー接続
  • 内部故障修正指令:
      • トラブルシューティング
      • ネットワーク概要…
      • ニューラル・ウェブウェイ…
      • 封鎖失敗…
      • ステーションメンテナンス…
      • クロビス1-12
______________________________________________________________________________________

チンジュはシェルの端をコンソールの画面の上に乗せる。「中に入りましょうか?」

「ええ。全部ダウンロードして。ラスプーチンを接続して彼がステーションを制御できる場所を探して」

「おや?」

ラベンダーの香りの平静と、不安からくる緊張感の酸いが、アナのスーツを満たす。 

「レッド。誰かがあなたの頭の中を調べなきゃいけないなら、あなた自身がやるべきよ」

「確かに… そうですね」チンジュが同意する。

アナがコンソールの方へ身をかがめる。「この接続はどれも閉鎖システム側からの一方通行のネットワーク統合だわ。それぞれを手動で実行するしかない」

「そうですか…」雪が吹き寄せるようにコンソールの中へ入りこむと、チンジュの声がデジタル化した。

「でも、まずは…」アナがメインメニューに戻り、待機中の「エコーリンク」の申請を選択した。

エコーリンク

カイルス・ステーション、天王星

(!)手動災害トリガー(!)

発動-1を実施、手動 — 失敗

ベイ1: 危殆化 | ベイ2: 不活性

(!)カウンターバランス故障(!)

(!)軌道下降 — 42日12分07秒(!)

軌道下降のタイマーがカウントダウンを開始した。

「時間がない。レッドをアクセスできたら、ステーションを救いに行きましょう」
終了






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